九州大学 学内共同教育研究施設
実験生物環境制御センター
Environmental Control Center for Experimental Biology
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実験生物環境制御センターの教育・研究活動
センター専任教員は生物環境調節技術を基軸とする学術研究「ファイトトロニクス」を専門として自らの研究活動を行います。
人工光植物工場が「大電量・高輝度の大型ランプ下での平棚の大規模施設」から「蛍光ランプ等の近接照射で多段式栽培棚」へ移行したことで,光源の暗さは植物工場発展の足枷となった.幸いにも,低コストで輝度の低い光源でも一日あたり照射時間を長くすることによって最低限の光合成量を確保することができていた.ただし,(植物工場の主力生産品目である)葉菜類の多くが生態型としてロゼット型の「秋冬作物」であって,長日高温下で花芽分化・抽薹が促される.そのような植物種において植物工場内の比較的高い温度の下で長時間の光照射を行うと,栄養成長が止まってまともな葉菜を収穫することができなくなる.これに対して,たとえば24時間連続照明のような極端な長時間光照射によっても栄養成長が確保され,障害を起こさない,という性質を有していたのがリーフレタス類であり,これこそが長きにわたって「植物工場の唯一の生産品目」に君臨してきた所以であった. さて,光源として「LEDに期待が集まる」と言われて始めてから二,三十年.その間,赤色光の長波長域へのシフト(量産型625 nmから660 nmへの注力),青色光の量産化,蛍光ランプの代替としての白色光源の汎用化,より高輝度なLEDチップの普及,等々の様々な工業的進展があった.長く待たされた感は否めないが,それでもここ数年で急速に「LED植物工場のコスト低減」は浸透し,ついに商業生産施設で十分な光強度を得て,比較的短い日長の下で葉菜を栽培することが可能となった.それを受けて,長日高温下での栽培がとくに難しいとされていた品目に着目するのがリーズナブルな対応であろう. ここでは,ホウレンソウをそのモデルとしてLED光源下で短日条件で栽培し,生育,収量と歩留まり,品質をモニタリングして,最適な光量,光質,照射時間などの環境条件を探索して,作型を確立することを目標としている.ホウレンソウは長日で抽薹し(感受性の低い晩生系統で作期が拡大されているが,それらは生育が緩慢な傾向がある),高温期の病虫害リスクが高いため,夏場にフィールドや園芸施設で商業生産することが難しいので,人工光植物工場で気温を抑えながら短日で栽培することによる「周年・計画生産」に利がある,と考えるところである.
砂栽培とは,養液栽培の手法のひとつで,培地として砂を用い,水と肥料成分の施肥に「大量要素を溶解させた水溶液を必要な量だけ施用する,という農法である.農業現場の一部において,従来の土耕と比して耕作に必ずしも適していない土壌(培土)において農業を行おうとする工夫があり,大学・試験研究機関や民間企業が技術の確立と装置化を推し進め,商業栽培の技術として確立されたものである.基本的には,ビニルハウス等の園芸施設で,栽培ベッドに培地として砂を詰め,栽培することが行われている. 砂栽培は,土づくりという難解な経験則に基づく高度な農業技術を必要とせず,高度な養液栽培で用いられる大がかり装置も用いずに,良好な培地条件を創出し,また水耕における水分調節の問題を回避し,実用的な土耕で得られたものに見劣りしないレベルの収穫物を容易に得られる,という園芸生産技術として確立された方法論である.ただし,環境が抑制的であるがゆえに水耕に比べて生育速度は遅い.薄い作土層(砂)で養水分管理するために根域が限られ,植物個体の栽培期間が短い(長期間にわたって大きく生育させることが難しい).砂の維持管理は簡便で省力的ではあるものの,重くて大がかりな移動や操作を行わないことを前提としているため,大規模化することが困難である.砂栽培は決して新しい農法というわけではないが,これまで園芸生産場面ではきわめて限定的にしか用いられてこなかった. LEDを光源として屋内で砂栽培を行うことにより,前述のデメリットを克服することが可能である.まず,屋内で人工光を近接照射する栽培法は一作毎の回転が早く,比較的若く小さい植物体を出荷する作型であり,長期栽培ができない砂栽培の本質と合致する.また,工場やオフィスの空きスペースを屋内の野菜栽培に提供する場合は,そもそも大型温室のような大規模な施設を前提としていない.そのような限られた空間では「大規模化できない」という砂栽培の性質は問題視されない.すなわち,従来からの施設園芸で砂栽培が普及できなかった原因となったデメリットは,人工光栽培では足枷とはならない. LED光源を用いる植物生産としては,まず完全制御型植物工場における水耕が想定される.しかし,厳密な環境制御により生産条件を最適化して高効率を目指すそれとは異なり,砂栽培では,簡素な管理だけで根の条件を一定に維持して省力的な栽培を行うことを目指す.最短期間で最大収量を目指す水耕よりも生育は遅く収量は劣るが,「実用的な土耕で得られたものに見劣りしないレベルの収穫物を容易に得られる」という特性を,屋内栽培においても如何なく発揮できる. もちろん,屋内に大量の天然の砂を搬入するので,いわゆる植物工場の清浄な環境が得られるわけではない.作られた野菜は洗わなければ食べられないし,植物が病原性微生物により罹病するようなら必要最小限の農薬散布も求められるであろう. A 香料原料としての植物生産 バラ香を用いた食品,化粧品はその特徴的な芳香が好まれるだけでなく,香りに含まれる機能性成分による効能が期待されている.バラ香の主要な香り成分は既に特定されており,化学合成品も商業利用されている.しかし,バラ香には主要成分以外に多数の微量な成分が含まれ,その微妙なバランスによって高品質の香りが構成される.そのため,現在でも,天然の植物原料から精製した香料が珍重され,全世界において高価格で取引されている.香料作物としてのバラは主にブルガリア,フランス,トルコ,モロッコ等の比較的乾燥した気候の下で古典的な香料専用品種を用いて伝統的な有機農業により生産されている.広大な露地圃場で収穫された花弁からはただちに精油(ローズオットー),あるいはその成分を含む水(ローズウォータ)が抽出される.とくに,ブルガリア産の製品は高品質で知られているが,収量の年次変動が大きいので供給量,価格ともきわめて不安定である. 一方,我が国は高温多湿の気候のため,香料用品種の栽培には適さない.露地圃場や園芸施設では茎葉および根の病虫害が深刻な問題となり,これを防除するための度重なる薬剤散布が欠かせない.しかし,恒常的に薬剤散布を行っているバラから香料を製造することは好ましくない.現在,バラ香料はほぼ全て輸入に依存している.価格安定,トレーサビリティ,消費者の安全・安心の観点から,香料用バラが国内で栽培され,これから香料成分を抽出して製品化することができれば,有望な「六次産業」にもなり得る. LED光源下の栽培で得られたバラ花弁から水蒸気蒸留法で抽出した脂溶性成分をキャリアオイルに溶出させた(精油含有率0.25%程度) そこで,人工光源による完全制御型植物工場の技術を用い,その閉鎖的な栽培環境の下で香料用のバラ品種を栽培することによって病虫害の発生を抑え,防除薬剤を散布しない条件で大量に開花させて花弁を収穫し,そこから,たとえばここで紹介している水蒸気蒸留法により「精油を含む脂溶性成分」および「(ローズウォータに含まれる)水溶性成分」を抽出し,その商業的利用について検討する. 我が国の気候風土の下では,露地圃場はもちろん従来型の園芸施設,さらには太陽光利用型植物工場であっても,バラの無農薬栽培を行うことはほぼ不可能である.バラを無農薬栽培して香料原料として花弁を大量に生産するためには,物理的封じ込めによって病害虫を遮断することができる完全制御型植物工場を用いる以外に方法がない.しかし,伝統的なバラ香料生産で用いられる古典的品種は,大きく生長するブッシュタイプの樹形で一季咲きという露地栽培型であり,植物工場をはじめとする先進的な園芸生産施設で栽培するのに適していない.そこで,ここでは新たに芳香を有してコンパクトな樹形となる四季咲きの品種を香料用として選定し,その栽培法を模索することとなる.香料用の古典的品種と異なる品種群を用いるとすれば,花弁に含まれる香り成分の組成や含量の相違が「現状の香料原料の品質レベルを満たさない」と考える向きもあるだろう.一方で,これを逆手に取ると従来の香料用品種と異なる成分を含むという点に着目して,新たな方針を示すことができる.実際に,香料用の古典的品種はフェニルエチルアルコール、ゲラニオール、シトロネロール、ネロールなどを芳香成分として持つが,観賞用の現代バラには(それらに加えて)ジメトキシメチルベンゼンが含まれ,鎮静作用や皮膚を良好な状態に保つ効果が認められている.また,ある系統では,その他の系統が持たない成分(2,4-ジメトキシスチレンなど)を特異的に持ち,その機能性が指摘されている.もちろん,これらの観賞用品種・系統がこれまで香料原料として大量に商業生産されたことはない. |
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